果樹園を手伝い始めて、季節の色々な事を気にするようになりました。
言わずもがな今年のフライング気味に始まった梅雨。
週間天気予報はずっと傘マークです。
こんな予報を見てしまうと私の体は完全に緊張感を無くしお休みモードになってしまいます。
でも、晴れるのです。
「えーーっ!雨って言うてたやんーー!!(この裏切り者ーーーー!!)」
朝、爽やかに晴れている空に心の中で叫びます。
(この裏切り者ーーーー!!)
もう一度、心の中で悪態をついておきます。
泥のような体を引きずって普段より余計に気力を使わないと動く気になれません。こんな季節でも父は、ひょうひょうと1日中動き回ります。
雨が降っているときは、盆栽の手入れです。
ちょっと雨がおさまったら、作業着に着替えて圃場に行きます。
雨の見極めが上手いのです。
梅雨の晴れ間、今年もいました。
週間天気を見ると雨マークがズラリと並んでいます。
それにしても、この予報じゃまるで梅雨です。
今日は、晴れ。
晴れている間にやりたい事が頭の中で行進し始めます。ツッタカタ〜ツッタカタ〜♫
締め切りだとか期限がある方が、迫ってくるスリル感のお陰で仕事がものすごくはかどる。
というのが私の定説です。笑
「雨が降り出す前に」の期限が、やる気スイッチを入れてくれます。
観ていると人間より、虫も植物も多分天気をちゃんと分かっている様に思えます。
しかも、正確に。
逆に、虫や植物は天気予報も外してしまう人間に驚いているかもしれません。
やっぱり、桜満開を皮切りにお天道様の本気度は日に日に増します。
「あっ・・・。」車に乗り込む時の熱気に、思い起こさせる「ギンギラギンの夏」。
季節も人生も、「はい今日から、夏始めます〜!」そんなくっきりはっきり印がついていません。夏やん。の日もあれば、長めの靴下を探して履きたい冬の終わりかけの日もあります。それが今の季節なのです。曖昧さゆえに、気持ちも体もよく疲れます。だからと言うわけではないのですが、この様な季節に鼻歌を歌っていることが多い気がします。鼻歌はなにも人間だけのものではないのです。今、私の周りではそれぞれ思い思いの鼻歌が聞こえてきます。今日は快晴!お天道様はギンギラギンで空は何処までもあおーーー!
いちばん小さな姪っ子(7歳)は、何年も前から誕生日にずっと欲しいものがあります。役行者の法螺(ホラ貝)です。吉野山には金峯山寺があり、修験道の根本道場ですので、土産物屋さんには
法具の法螺が売られています。
日本の四季は、年齢を重ねるほどにしみるようになってきました。
奈良には桜で有名な吉野山があります。今年もその季節がやって来ました。私の写真では吉野山の美しさが全然伝えられません。目の前に広がる景色は、美しいという表現では全くもって足りません。
この風景は、本当にしみます。
仕事道具の扱いコレまたよく父に諭されます。。
畑で仕事をする時、一度にたくさんの種類の道具を使うことが度々あります。
「あれ?ハサミ・・・。ハサミ見てない〜?」「あれ?熊手・・・。熊手どっかで見てない〜?」道具たちよ、どうか返事しておくれ。仕事を中断してあちこち心当たりを記憶をただってウロウロウロウロ。
たまに、探していない道具が見つかったりもします。道具はおじいちゃんの代からのものもあります。
手に馴染んで使いやすい。もっと便利で使い勝手よく改良されたものや、安いものも買えますが父は物を大事にするので骨董品のような道具も現役で涼しい顔をして道具部屋に並んでいます。
最近驚いたのは、熊手。一本だけ劇的な使い心地に、鈍感なわたしですら気がつく一品。私「これ、いいなぁ!どこで買ったん?」妹「これ、お父さん作ったやつやって。」「えっ!!!」重さ、爪の丈夫さ加減、持ち手の太さ全て申し分無しです。(お父さん、熊手作って売ればいいのに・・・。)ついそんな欲なことを思ってしまう自分に反省しつつ父の熊手に感動しました。
物を大事にしていると、その物の道理が自ずとわかるものだと父は言います。だから父は道具をなくさないし、道具も父のそばから離れない笑
あぁ、また父の背中に教えられました。
どんどん春が加速中です。
さくらんぼの木も満開になりました。
色がなかった山が一気に景色を変える合図のようです。仕事をしていても、元気が出てきます。
それに、足元からふんわりといい香りが漂います。スミレです。粗放に歩くと踏ん付けてしまいますので、この時だけは私も、注意深く歩きます。よもぎも、フサフサとあちらこちらに芽が出てきています。草餅・・・。途端にお腹が減ってきました。
〜きゅうけ〜い〜!!草木に負けないくらい私と妹で話に花を咲かせます笑。こちらも満開です。
つくしが顔を出し始めると、次々に草木の変化が目に留まるようになります。「あ!春が来た!」・・・・。果樹園の仕事をするようになりました私、まずはそんな心の声は発さなくなりました。「まずい!春が来てしまったぁ~っ!」冬の間の景色というのは、とても静かなものです。
見た目にはジッと止まっているように見えますので、
こちらも、冬の仕事は、顔が痛いくらい寒いですし畑の静かな空気感に甘んじて、ゆっくりとしたテンポで仕事をします。寒い畑で温かい飲み物は格別です。ゆっくり作業をしてお茶休憩たっぷりとなります。妹に至っては、カエルの卵なんかを毎日じっくり観察していて
そこいらの小学生より熱心です。
生でかじった途端、顔面の血の気が引くほど渋い柿が冬の寒い空気に晒されて、びっくりするほど美味しい食べ物に変わる。自然も天才ならこの発見をしてくれた昔の人も天才。そんな干し柿を作るようになりました。おばあちゃんが、大きいザルに山盛りの渋柿をひたすら剥いていたのが、気がつくと軒に綺麗に縄で結んで掛けられます。綺麗なオレンジ色の実が軒いっぱいに吊るされていると、、、。やっぱりちょっと気になります。渋が抜けるのがどれくらいかはわからないので、子供の私は手の届く一番下の方の柿を少しかじってしまいます。「!…。」大抵のつまみ食いは、バチが当たります笑。
ほっぺの感覚が無くなるほど寒く冷え切った朝は道の脇の霜柱を友達と競う合うようにして踏んづけて歩いて登校したものです。霜柱ができている場所は毎日の登校でよくわかっていますから、霜柱がありそうな朝は、いつもより早足で目的地に歩いて行きます。学校へ登校するのが目的ですが、子供には、もっと別にもっと大事な目的地が道中に待っているものなのです。ボリボリボリボリ〜!「わぁ〜」
この感触が音がたまりません。お目当の霜柱を片っ端に友達とボリボリボリボリ踏んでいきます。音がしなくなるまで、ひたすら踏んづけて、
また次の霜柱群生?地帯へ足早に向かいます。途中、水たまりに氷が張っていたらもう大変です!我先に氷を踏んづけたくて、大騒ぎです。大抵は上級生のお兄ちゃんが一番に踏んづけてしまいます。小さい子供は、割れた氷をさらに踏んづけて踏んづけてそれでもやっぱり、それは楽しいのです。
耳がちぎれそうな冷え切った冷たい朝の登校だからこその楽しい登校でした。