
| 内容量 | 2kg : 2kg 5kg : 5kg |
|---|
自然豊かな霧島山麓、湧水町で8年間無肥料で栽培している田んで作ったもち米です。
湧水町は山あいの地域で、寒暖差もあり、水も良しと鹿児島県内でも屈指の米どころとなっています。
無肥料栽培は、収量は有機栽培のものよりはとれませんが、生命力高く、お米一粒一粒からのエネルギーが高く、元氣になれるようなお米です!
色選別機等使用していませんので、まれに去年の暑さによる、お米の一部が黒くなる「斑点米」が混じっている場合がありますが、そのため今回お求め安い価格でご提供させていただきます。
もちをついても、こしがあり、香りもあって、良く伸びる、満足度の高いもちができます!

近年、高齢化によるお米の生産が落ちてきていますが、特にもち米は、この米どころでも不足しています。
日本の伝統食ともいえるお餅。起源をさかのぼると縄文時代後期には原型があったとか。紀元前の弥生時代(およそ紀元前300年〜紀元後300年)には、すでにもち米を食べる習慣があったと考えられています。弥生時代の遺跡からは、もち米が栽培されていた痕跡が設置されています。
古代の日本では、餅は食べ物としてだけでなく、神聖なものとされ、神事や祭りに欠かせない食材でした。 日本の神道では、餅は神々への奉納物として重要な役割を担い、「お供え餅」や「鏡」などの行事で用いられました。
平安時代には宮中や貴族の行事、儀礼でお供物・お祝い料理としてお餅が作られるようになり、その後室町時代・江戸時代にかけて武士や庶民の間に広がったそうです。
そんなお餅を作る「餅つき」も同じく日本において特別な意味がありました。
日本にはもともと、普段の暮らしを『ケ』、祝い事や祭りがある特別な日を『ハレ』と呼んで区別してきました。
縁起物であるお餅を作る『餅つき』を行う日は、ハレの日。その道具である『臼』と『杵(きね)』は家族の繁栄の象徴として大切にされてきました。
年の瀬になると、家族や親戚で集まって餅つきをする習慣がありますが、一連の作業をいっしょに行うことで親類や友情の和が深まります。年が明けて新年を迎えてから餅つきをするのもいいことです。ただし、その場合、鏡餅は事前に用意しておく必要があります。
江戸時代には、餅つきを仕事とする男たちが居たようです。彼らは四、五人で一組になって、竃や蒸籠、臼杵や薪などを持ち運び、方々で餅を搗いて周ったといいます。彼らに米を渡せば、家の目の前でつきたての餅を受け取ることができたのです。「街中せましと搗きたることいさましく、昼夜のわかちなし」ということで、年末の江戸の町は、昼も夜も餅搗きでそれはそれは賑わっていたようです。

日本の主食であるお米は人々に生命力を与える食べ物だったから、祭りやお祝い事では神聖な存在として扱われてきました。そんなお米から作ったお餅は、なかでもとりわけ特別なものだったようです。
昨今、食の多様化が進む中、失われつつある日本食文化。もちを通して、この素晴らしい食文化を見直すきっかけになればと思っています!

こんにちは、One Love 湧水です。
震災を機に東京より移住し、鹿児島県の霧島山の麓・湧水町にて、農的生活をスタート。
虫や草を敵とせず全ての命に敬意を、という想いです。
2011年に竹林を開墾するところからはじめ
「不耕起 無肥料 自然農法」で時と共に畑が良くなっています。
2018年より「無肥料の自然栽培」の畑も始めました。
お米は、ひのひかりや黒米を無肥料栽培しています。
種を採ること、在来種、を大切にしています。
霧島の大地は、自然が濃ゆく、火山の恵みで土も良く肥えています。
寒暖差もあり、美味しい作物の採れる 美しい場所です。
自然環境の変化、気候変動も激しい今日、試行錯誤しながら、日々向き合っております。
霧島の大自然パワーの詰まった、自然農法の作物をお届けしていきたいとおもいます。

新規ご質問
hmrさんがOne Love 湧水さんの令和7年度産 自然栽培 無肥料栽培 天日干し もち米(さつまゆきもち)無色選別について質問をしました。
2025/10/23
私は化学物質過敏症なのですが、こちらのもち米は、無農薬・無肥料でお間違いございませんか?
One Love 湧水(ショップ)
お問い合わせありがとうございます。無農薬、有機で3年ほどの後5年間無肥料で栽培している田んぼからのお米になります。うちの近所にも化学物質過敏症の方がいますが、いつも食べて頂いてます。 ご検討よろしくお願いします。
hmr
早急なご返信ありがとうございます。 早速注文させて頂きました。
さっとさんがOne Love 湧水さんの令和7年度産 自然栽培 無肥料栽培 天日干し もち米(さつまゆきもち)無色選別について質問をしました。
2025/04/18
お世話になります。 餅米の玄米がほしいのですが、対応可能でしょうか??
One Love 湧水(ショップ)
ご返信遅くなり申し訳ありません。玄米対応できます。よろしくお願いします。

| 内容量 | 2kg : 2kg 5kg : 5kg |
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自然豊かな霧島山麓、湧水町で8年間無肥料で栽培している田んで作ったもち米です。
湧水町は山あいの地域で、寒暖差もあり、水も良しと鹿児島県内でも屈指の米どころとなっています。
無肥料栽培は、収量は有機栽培のものよりはとれませんが、生命力高く、お米一粒一粒からのエネルギーが高く、元氣になれるようなお米です!
色選別機等使用していませんので、まれに去年の暑さによる、お米の一部が黒くなる「斑点米」が混じっている場合がありますが、そのため今回お求め安い価格でご提供させていただきます。
もちをついても、こしがあり、香りもあって、良く伸びる、満足度の高いもちができます!

近年、高齢化によるお米の生産が落ちてきていますが、特にもち米は、この米どころでも不足しています。
日本の伝統食ともいえるお餅。起源をさかのぼると縄文時代後期には原型があったとか。紀元前の弥生時代(およそ紀元前300年〜紀元後300年)には、すでにもち米を食べる習慣があったと考えられています。弥生時代の遺跡からは、もち米が栽培されていた痕跡が設置されています。
古代の日本では、餅は食べ物としてだけでなく、神聖なものとされ、神事や祭りに欠かせない食材でした。 日本の神道では、餅は神々への奉納物として重要な役割を担い、「お供え餅」や「鏡」などの行事で用いられました。
平安時代には宮中や貴族の行事、儀礼でお供物・お祝い料理としてお餅が作られるようになり、その後室町時代・江戸時代にかけて武士や庶民の間に広がったそうです。
そんなお餅を作る「餅つき」も同じく日本において特別な意味がありました。
日本にはもともと、普段の暮らしを『ケ』、祝い事や祭りがある特別な日を『ハレ』と呼んで区別してきました。
縁起物であるお餅を作る『餅つき』を行う日は、ハレの日。その道具である『臼』と『杵(きね)』は家族の繁栄の象徴として大切にされてきました。
年の瀬になると、家族や親戚で集まって餅つきをする習慣がありますが、一連の作業をいっしょに行うことで親類や友情の和が深まります。年が明けて新年を迎えてから餅つきをするのもいいことです。ただし、その場合、鏡餅は事前に用意しておく必要があります。
江戸時代には、餅つきを仕事とする男たちが居たようです。彼らは四、五人で一組になって、竃や蒸籠、臼杵や薪などを持ち運び、方々で餅を搗いて周ったといいます。彼らに米を渡せば、家の目の前でつきたての餅を受け取ることができたのです。「街中せましと搗きたることいさましく、昼夜のわかちなし」ということで、年末の江戸の町は、昼も夜も餅搗きでそれはそれは賑わっていたようです。

日本の主食であるお米は人々に生命力を与える食べ物だったから、祭りやお祝い事では神聖な存在として扱われてきました。そんなお米から作ったお餅は、なかでもとりわけ特別なものだったようです。
昨今、食の多様化が進む中、失われつつある日本食文化。もちを通して、この素晴らしい食文化を見直すきっかけになればと思っています!

こんにちは、One Love 湧水です。
震災を機に東京より移住し、鹿児島県の霧島山の麓・湧水町にて、農的生活をスタート。
虫や草を敵とせず全ての命に敬意を、という想いです。
2011年に竹林を開墾するところからはじめ
「不耕起 無肥料 自然農法」で時と共に畑が良くなっています。
2018年より「無肥料の自然栽培」の畑も始めました。
お米は、ひのひかりや黒米を無肥料栽培しています。
種を採ること、在来種、を大切にしています。
霧島の大地は、自然が濃ゆく、火山の恵みで土も良く肥えています。
寒暖差もあり、美味しい作物の採れる 美しい場所です。
自然環境の変化、気候変動も激しい今日、試行錯誤しながら、日々向き合っております。
霧島の大自然パワーの詰まった、自然農法の作物をお届けしていきたいとおもいます。

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安心、安全なもち米
私は化学物質過敏症です。 農薬、化学肥料はもちろんのこと、動物性堆肥も体に合いません。 こちらのもち米は、無農薬、無肥料栽培なので、安心して食べることができました。 お味はクリアで、あっさりしているので、食べた後口の中に雑味が残らず、炊きたてをそのままパクパクとお茶碗2杯分も食べてしまいました。 もちろん、体に不調は全くありません。 安心安全なもち米を生産して頂きありがとうございます。