夫は私が驚く程前向きに考えていました。体力や腰の骨折を考えると農業系は難しいのでカレー弁当屋をやろうと。
ここで夢がカレー弁当屋に決定しました。
夫は入院中もカレーについて調べて、一時退院で帰ってきている時も副作用と戦いながらカレーを作って研究していました。
入院中には❝何で自分がこうなったのか❞、❝せっかく移住してきたのに何をしているんだろう❞と気分が落ち込む事もあり、抗がん剤の副作用で苦しみ落ち込む事もあり、そんな時には図書室で本を借りて読み、その本に背中を押されたそうです。
❝お探しものは図書室まで❞を読んでいたという事で、後に私も読みましたが確かに優しく背中を押してくれる本でした。
そして夫の治療も終盤になってきた頃に、友達のお母さんがあの場所はどうだろう?と声をかけてくれました。
それが今のお店です。
一度苦い経験をしているので家賃のお話しなど、しっかりと大家さんと話し合い、今のお店を借りる事に決めまたし。
決めるまでに2ヶ月位はかかりましたがその2か月の間に他に借りたいという方も現れず無事に借りる事ができました。
あのお店を借りるのは運命だったのかもと勝手に思っています。カレー屋をやりたい人に黄色い空き物件があるなんて、なかなかないお話しだと思うので(笑)
この時も友達のお母さんやそのお友達、沢山の人達が間に入って声をかけてくれたりと協力をしてくれました。
私達二人だけだったら今のお店はありませんでした。
夫の寛解が分かってからの12月~オープンの2月11日まであっという間でした。
必要な物を揃え、手続きをして、保健所に行き、青色申告の準備をし、カレーの研究も続け、オープンの日を決めとにかく考える事だらけでした。
宣伝については悩みました。昔ラーメン屋を経営していたことがあるのですが笑
始める時は新聞広告に掲載をしましたが、今はSNSの時代だと思い、広告は打たずInstagramやFacebookで発信していきました。