ここ四万十市も昔から「土佐の小京都」と呼ばれてきました。
①京都に似た自然景観、町並み、たたずまいがある
関白一條教房公は、京都を模した碁盤の目状の街づくりをしました。昭和21年の南海大地震で昔ながらの街並みはほとんど残されていませんが、現在でも碁盤の目の街並みや鴨川や東山など京都に見立てた地名やゆかりの神社などもあちこちに残っています。
②京都と歴史的なつながりがある
起源は室町時代。応仁の乱の戦火を避けるため、関白一條教房公は中村(現・四万十市)に中村御所を構えました(現在の一條神社)。
③伝統的な産業、芸能がある
「大文字の送り火」や土佐一條公家行列「藤祭り」、「一條大祭」などの京文化の名残りもあります。
四万十市は、「小京都」の3条件を全て満たしているのです。